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太田光『マボロシの鳥』作品感想 1「人類諸君!」〜ブックレビュー〜 [小説・本の紹介]

 前回の記事でも書いた太田光さんの処女小説集『マボロシの鳥』。今回は個々の作品について、少しずつ感想を書いていこうと思います。すべての作品に記事を書けるかわかりませんが、今回の感想は3話目に収録されている「人類諸君!」について書きます。


マボロシの鳥

マボロシの鳥

  • 作者: 太田 光
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2010/10/29
  • メディア: 単行本




「人類諸君!」
 この作品は3話目に収録されているお話です。講釈師の口上かと思うような捲し立てる語りが印象的なテンポの速いお話ですが、内容はなかなか哲学的。平たく言えば、戦争に明け暮れた人類が滅亡の瀬戸際に立たされた世界で、ひとりの老博士が世界同時生中継の大演説を打ち、人類救済のヒントを与えるというストーリーです。



 老博士のメッセージは「破滅の必然性」。宇宙は分裂と統合の繰り返しで成り立っており、生が死へと向かうのは自然の理。だから人類が破滅へと向かうのは、本能的にも必然であり、それが神の意志だと言うわけです。


 しかし、この老博士は同時にこんなことも考えていたのです。ならば人類が破滅の宿命を逃れる術は、神から独立することの他にない。神の法則を越えたときにこそ新しい人類が誕生するのだと。


 そこからの展開がまあファンタジックで、かつこの上なく尻切れトンボであるわけですが、作者の主張は老博士の言葉にされなかったこの思考にあるのだと思います。すなわち「人は神を越えられるか」。


 この言葉の意味は文字通り、神の法則、自然の摂理に人類が逆らうことができるのかという問題ともう一つ、「自分の神」を巡る対立から人類が逃れることができるのかという問題も含んでいると私は思っています。この対立にはキリスト教とイスラームといった宗教対立だけでなく、政治思想や経済思想における「自分の神」の対立も想定しているのではないでしょうか。


 人類の中に数多に存在する「唯一神」の束縛から逃れるためには、今あるすべての常識を疑うこと、いや、すべての常識を破り捨てることが必要になるかもしれません。人類がもし本当に崖っぷちに立たされたとき(あるいは今がその時なのか?)、人々は「自分の神」を捨て去る覚悟があるのかと、作者は問うているのだと思います。


 さて、そんな博士の意図を理解できない人類をよそに、偉大なる神への反逆は多くの人類のあずかり知らぬところで始まっていました。ある天空の兵士と密林の兵士の偶然の邂逅によって…。


 「人類諸君!」は好みの分かれる作品だと思います。語り手の流れるような言葉遊びが長ったらしくて意味不明と思えばつまらないでしょうし、言葉遊びがツボに入ればそれだけでも面白い作品と思えるでしょう。世界中の人々が博士の演説に固唾を呑む緊張感の演出も見事で、さらに演説のあとで密林フェイズに移行する飛躍感がまた太田さんらしいと感じ入りました。


 今日の感想文は以上。次回は「ネズミ」について書きたいと思っています。


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